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三笠宮殿下 斂葬の儀の交通規制や順路はこちらから!安全運転第一で

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三笠宮崇仁殿下の斂葬の儀が
東京都文京区大塚にある
豊島岡墓地にて11月4日に営まれます。

その斂葬の儀において
当日は三笠宮さまの柩が
お住まいの赤坂御用地から
豊島岡墓地に運ばれることと
なります。


またその後は火葬が予定されており
豊島岡墓地から新宿の落合斎場まで
棺が運ばれることになります。

そのために当日は主に豊島岡墓地周辺
などで交通規制が敷かれます。

葬列の車の順路を確認しながら
この交通規制がどうなるのか
覚えておくことで安全運転の確保に
に努めてもらいたいと思います。

斂葬の儀 順路


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当日は赤坂御用地にて
斂葬当日柩前祭の儀や
霊車発引の儀が行われるのでは
ないかと思われます。

その後に三笠宮さまの棺を
乗せた零車は豊島岡墓地に向けて
出発される見込みと思います。
その葬列の順路がこちらになります。

ひとつは葬儀へと向かう葬列
ふたつめは火葬へと向かう葬列です。

①葬儀列経路

4日当日の午前9時に赤坂御用地を
出発され、9時35分には豊島岡墓地
に到着するスケジュールです。
その間 わずか35分

赤坂御用地~ 青山通り ~
青山通り三宅坂交差点右折~
皇居沿いの内堀通りを北へ~
首都高速5号線一橋入口~
首都高速5号線早稲田出口~
豊島岡墓地に到着

②火葬列経路 往復

4日の午後1時から4時30分

豊島岡墓地 ~ 不忍通り~
目白通り ~
南長崎一丁目~山手通り~
上落合二丁目~早稲田通り~
落合斎場到着


落合斎場は、新宿という都心の
一等地に所在していています。

このような火葬場が新宿にある
事自体が不思議になってしまう

それが今の時代ですが、

落合斎場は江戸七大火葬場のひとつ
と言われるくらい歴史が古いようで
すね。

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落合斎場の前身は市谷の蓮秀寺の
荼毘所(だびしょ=火葬場)です。
十八世紀初め頃に蓮秀寺の末寺の
法界寺に荼毘所は移され、
これが現在の落合斎場の場所・上
落合です。法界寺は火葬を専門と
するお寺だったようです。

http:://depilacija.info/

またここでは夏目漱石氏や仲根正広
最近では大滝秀治さんがここで
火葬と葬儀を行っています。



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斂葬の儀の交通規制


順路などを見てもらえれば
これで大体の交通規制区域が
把握できるのではないかと
思います。

警視庁からも交通規制の
お知らせがありますので

そちらでもご確認下さいませ

警視庁より斂葬の儀交通規制のお知らせ

見にくい場合はこちら

警視庁より斂葬の儀交通規制PDFファイル

スマホでこのPDFファイルが
閲覧できない場合はこちらを参考に
してくださいませ。

アクロバットリーダーダウンロード スマホでの方法と閲覧までを図解で説明!

まとめ


「世の中が民主化したんだからいいじゃない」

戦後間もない1948年
故三笠宮崇仁殿下はそう
仰られ、日本最初の女性報道
写真家の笹本恒子さんに

ご自身のご家庭の写真の撮影を
許されたといいます。

その頃の三笠宮殿下御一家は
民間から買い取ったという質素な
屋敷に住まわれていたといいます。

戦後の皇族は敗戦により失う
ものが多かった中で

このように対応される
三笠宮崇仁殿下の人柄の良さは

100歳まで生き抜いてこられた
その経験の中で培われてきたもの
であり

ある意味生き字引なのではと思った
ところです。

太平洋戦争では軍人として
また戦後は歴史学者として

過去の戦争の歴史の中での
日本軍を批判し

そして平和の大切さを
述べられてこられました。

戦後の日本において
親しみやすくまた皇室と国民を
つなげる架け橋となってきた
三笠宮崇仁殿下の思い ・・・

その思いは
今の天皇皇后両陛下にも繋がって
いる所であると感じるところであ
ります。