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晴明神社 敦賀市相生へ!ヨーロッパ軒も見下ろすパワースポットとは


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安倍晴明ゆかりの地は全国にいくつも
ありますが、そんな中

晴明神社と名のつく所も幾つか存在します。
今日はその中の一つ福井県は敦賀市相生
にある

晴明神社を訪ねてみました。
すでに知る人ぞ知る場所となっていますが
噂通りひっそりと街角に佇んでいました。

晴明神社 敦賀市


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明治十一年に晴明神社に改称されたという
この神社は敦賀市の相生にあります。
元は保食神(食物を守護する神)を祀って
いたと言われるこの神社。

そしてこの相生町はその昔、字は違います
が清明町と云われておりました。

その由来がこの安倍晴明

陰陽師安倍晴明が西暦九百九十年から
約五年間、天文学を究めるために住まわれ
ていたのがこの地だったようです。

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ご覧のように晴明神社では安倍晴明判と
呼ばれる五芒星が用いらています。
西洋ではこれをペンタグラムと呼び

陰陽道では魔除けの呪符として伝えられて
いる他 陰陽五行の象徴としてこれを
五芒星の紋としても使われています。

安倍晴明 敦賀市


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ではなぜ安倍晴明は、天文学を勉強する
地として、わざわざこの港町福井県敦賀
市を選んだのか

当時70歳という高齢にも関わらず
ここへ渡り住んだのか

今では知る由もありませんが

当時の平安時代、ここ敦賀市は京都や
奈良に通じる重要な港町としての役割を
持ち、また


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朝鮮半島の国々からも多くの渡来人が
この敦賀にやってきておりました。

そうすると中国などからの情報も届きや
すい環境にあったと考えられ

古代中国を下にした陰陽道の研究の場と
しては最高の場所だったのではと考え
られております。



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晴明神社 敦賀アクセス


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当日の私は気比神宮を参拝後こちらへ
歩いてきました。

グーグルマップを見ながら商店街を歩いて
晴明神社を目指しました。

晴明神社への目印としてはこの建物
創業寛政五年『紅屋』ここの横道を
入っていくといいです。

紅屋さんの方から東側を見ると
このようにヨーロッパ軒が相生町を
見下ろしています。

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このアングル ちょっとレトロな感じです!

で晴明神社は相生町にありますが
このあたりの路地っていうのは
かなり道が広いので、閉塞感がまったく
ありません。


地図はこちら

晴明神社 福井県敦賀市相生8ー20

まとめ


当日の晴明神社は入口には鍵がかかっており
中へと入ることは出来ませんでした。

ですのでご神体となる祈念石は見る事が
できませんでしたが

また機会のある時に訪問したいと思っております。


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